プラモデル パリ紀行 EBBRO シトロエンH モバイルキッチンを組む 

「初めてパリに行くのなら、夕方に到着するのもひとつの方法である。ホテルの部屋から外を眺めると、印象派の画家たちが好んで描いたような昼間の青い空はすでに消えて、薄墨色の夕暮れが街をおおっている。その中に一か所だけ白い光を受けて、浮かび上がって見えるのがエッフェル塔だ。
最初の夜はセーヌ川のディナー・クルーズで過ごすのも良い・・・」

作家・沢木耕太郎氏がANA国際線の機内誌「WING SPAN」に寄せるエッセイの如き、旅情を掻き立てられる一文、なんとプラモデルの組み立て説明書冒頭に付されるものである。

プラモデルの名は『EBBRO製 シトロエンH モバイルキッチン』


1998年、静岡県に設立された有限会社エムエムピーのミニカーブランドとして誕生したEBBROは、今やプラモデルもラインナップしている。
代表者は木谷真人氏。この名前を聞いてピンと来る方は、1988~1993年あたりの第2期F1ブームの時、ホビー雑誌モデルグラフィックス誌(以下モデグラ誌)のF1特集(確か毎年11月号だった)に胸を熱くされた方ではないだろうか。
そう、木谷氏はかつてタミヤ模型に在籍し、数々のF1マシンの傑作プラモデルを設計された方なのである。F1マシンが好きというよりは、「F1マシンのプラモデル」が好きであった僕には、モデグラ誌のF1特集に掲載されていた木谷氏のインタビューは大変興味深いものであった。
(いや待て、木谷氏のインタビューはモデグラ誌別冊 マクラーレンホンダMP4/6クローズアップヒストリーだったか?)




そんな木谷氏が腕を振るうEBBROがリリースするプラモデルたちではあるが、微妙に高額なのと、イマイチ僕の琴線に触れないラインナップだったこともあり、なかなか購入できずにいた。
しかし、このシトロエンH モバイルキッチンにはノックアウトだ。波板で構成された無骨ながらも愛らしいルックスのHトラックにカフェの組み合わせなんて盆暮れ正月にクリスマスが来たようなもんだ。
そして、これを完成させたら、女子大生にモテそうな気がするではないか。
(いつか「プラモデルでモテる」或いは「モテるプラモデル」を考察してみたい)
こうして、数年前に入手したはいいが、ようやく最近作り始めたものである。




このモデルの特徴である、カフェの装備やプラスチックで成形されたパン(食べ物のパンだ)等の素晴らしさ可愛らしさについての感想はネット上で散見されるので、僕はこのシトロエンH自体を組み上げる面白みについて触れたい。

まず驚くのは車体のほとんどがバラバラになっていることだ。今時このようなパーツ構成の自動車のプラモデルは珍しい。
運転席部がゴロンと入っており、カフェとなる荷室部分は板状のパーツがゴソッとあって、これを組み合わせて車体が構成される。

また、前述の板状のパーツは薄く成型されており、フニャフニャで非常に心もとない。
しかし、これを説明書通りに組み上げる、つまり平面から立体に移行していくに従い、みるみる剛性が高まっていく。
実車のモノコック構造がどのようなものか、組み立てを通じて体験できる。

実際のところ、モノコック体験よりも、荷室内外面のディティールを表現する為、そしてバリエーションキットを展開する等の為に、荷室部パーツが分割されていると考えられるが、結果的に面白いことになっている。

ついでにプラスチックの心もとない感触が、フランスのプラモデルメーカー「エレール」の往年のキットを想起させ、舶来モノっぽいエキゾチックな気分にさせる。
Hトラックがフランス車だからエレール風に、って意識したというワケではないのだろうが。
(エレールのはプラスチックの材質自体が柔らかかったような記憶)

更に、これまた今時のプラモデルとしては珍しく、部品の位置決めが曖昧な箇所が多い。誤解を恐れずに言えば、これは欠点だと思うのだが、不思議と嫌な気持ちにはならない。むしろ「昔のプラモデルってこんなだったよな」なんてノスタルジーな空気に満たされるし、実車のシトロエンHからしてガタガタなので、ある意味リアルともいえるだろう。
念の為補足しておくと、プラモデルの初心者の方が困るほどではなく、少々悩みながらも楽しく組めるはずだ。
前述のとおり、少々ガタガタがリアルなので、普段プラモデルを作り慣れていない方のほうが、いい感じに仕上がるかもしれない。むしろ、普段からプラモデルをキッチリ仕上げる方の完成品は面白みがないかも。

このように、設計者が意図したのかしないのかは明確ではないが、様々な要素が組み合わさった結果、とてもユニークなプラモデルになっていると思う。

最後に大切なことを書いておく。
これを購入した瞬間、自分が「イケてるモデラ―」になったかのような勘違いが生じる。既にこれを買う行為そのものがイケているのだと思ってしまう。そんな不思議なプラモデルなのだ。
ここでいう「イケている」というのはモデラ―としてイケている(作るのがうまい)ということではなく、人間として、男としてイケている・・・オシャンティーな世界と接続しちゃう感、ついでにモテ期到来な感覚に見舞われる等だ。
これは閉鎖的なオタク体質の僕らにとって、大切なことだと思うんだ。勘違いも繰り返せば、いつかはホンモノになるかもしれない。

なかなか出回らないらしいが、街で見かけたら是非入手されることをお勧めする。




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